大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)4号 判決 1974年7月22日
判決
控訴人
大阪府
右代表者知事
黒田了一
右代理人
弁護士道工隆三
ほか六名
被控訴人
杉山彬
右代理人
橋本敦
ほか五二名
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し金一〇万円を支払え。
被控訴人のその余の主位的請求を棄却する。
被控訴人の予備的請求につき訴を却下する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
この判決は被控訴人勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。右部分につき被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張、証拠の関係は次に附加するほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
一、控訴人の主張
刑事々件の捜査にあたり、事件の全貌を把握し、それとの関連において個々の接見指定の可否を判断する能力は、捜査主任官にはあるが末端の捜査官にはないのが通常である。この点に鑑みるときは、被疑者留置規則が接見指定の権限を捜査主任官の専属とし、末端の捜査官にこれを与えていないことには合理的な理由があるというべきであるから、たとえそれが捜査官憲内部の規律であつても、これを尊重し、これに基づく運用を受忍する職務が弁護人にはある。本件において、友田は被控訴人に対し、捜査主任官の補佐官である宮里から接見指定を受けることを求め、その機会を与えるべく布施署から捜査本部の宮里を電話口に呼び出し、その受話器を被控訴人に差出している。友田の右行為は右規則に則つた当然の措置であるから、自ら接見指定をしなかつたからといつて、同人に過失はない。しかるに、被控訴人は、この場合を含め前後三回に亘り宮里と電話で折衝した際、いずれも宮里が接見指定の前提として被控訴人との協議に入ろうとするや(指定前弁護人と協議するのが大阪府署における慣行であり、宮里はこの慣行に従おうとした。)、これを拒否し一方的に電話を切つてしまつた。被控訴人がこの挙に出たのは、指定を受けることをむしろ不利と判断しはじめから指定を受けることなく、実力で接見しようとする意図があつたからであり、このような被控訴人の出方が前記受忍義務に違反することはいうまでもない。これに対し警察側が一方的な指定を避けたのは、事前協議(弁護人を待たせたり、出直して来てもらつたりすることをなくし、更に弁護人の都合のつかない時間を指定することにより接見自体を困難或いは不可能にすることを避けるための協議)の慣行を破ることにより捜査官と弁護人との間の信頼関係を傷つけることを虞れたからであり、もとより当然の措置である。以上の経過に徴すれば、接見が遅延したのは一に被控訴人の指定告知受領拒否の態度に起因するものであるから、右遅延した時間は指定のために必要な合理的時間に算入すべきであり、さすれば、右時間中友田が接見を拒否したことは違法でない。
二、立証<省略>
理由
一被控訴人の主位的請求に対する判断
右請求に対する当裁判所の判断は、原判決二二枚目裏五行目の「第四号証」の次に「第一七号証、」を、「乙第一号証の一ないし一六、」の次に「第七号証、」を、同八行目の「後記措信しない部分」の前に「原当審」を、同一一行目から一二行目にかけての「後記措信しない部分」の前に「原当審」を、同一二行目の「の各証言」の前に「同大内忠男(当審、後記措信しない部分を除く)」を、同一三行目の「後記措信しない部分」の前に「原当審」を、同二四枚目裏一〇行目の「意思を質し、」の次に「浜口はこれより先捜査員に対し弁護人選任の意思がないことを表明していた。)」を、同二五枚目表七行目の「表明したので、」の次に「直ちにこのことを電話で宮里に報告すると共に、」を、同一〇行目の「友田は」の次に「浜口については接見指定になつていることを告げると共に」を、同二九枚目裏三行目の「事情聴取し」の次に「友田に対し被控訴人が接見できるよう準備することを命じ」を、同三〇枚目表五行目の「宮里長喜」の次に「(原当審)」を、同六行目の「友田但馬」の次に「(原当審)同大内忠雄」を、同七行目の「原告本人尋問の結果」の次に「(原当審)」を加えるほか、原判決理由中主位的請求を金一〇万円の限度で認容判断した部分と同一であるから、ここにこれを引用する。その余の主位的請求棄却部分について、被控訴人の附帯控訴はない。なお控訴人の当審主張に対する判断として次のとおり附加する。
原当審証人宮里及び友田の証言によれば、昭和四〇年四月二四日捜査会議の席上で、本件被疑事件につき接見指定を行うこと、右指定は捜査主任官においてこれをなすことが各捜査員に指示されたことを認めうる。この指示は刑訴法三九条三項、被疑者留置規則二九条二項に則つた適法なものであるから、捜査員がこれに従うのは当然であり、捜査員としては、弁護人に対し独自の判断で接見の日時を指定する立場になかつたことは控訴人主張のとおりである。しかし、捜査員が弁護人から接見を求められた場合、捜査主任官の指定がないことを理由に接見を拒むことは許されない。けだし、その場合、捜査員としては接見要求を捜査主任官に取次ぎ、速かに接見日時の指定を受けてこれを弁護人に告知すべきであり、この手続をとらない以上接見を拒み得ないと解すべきこと、刑訴法三九条が一項で接見交通権の存在を原則として認め、三項でこれを例外的に制限している趣旨からみて当然だからである(接見指定権を捜査主任官に専属せしめることを定めた前記規則は、捜査官憲内部の規則にとどまり、弁護人を拘束するものではない。)。本件において、友田は、(1)浜口から弁護人選任の意思表示がなされた直後宮里に電話でその旨報告しているのであるから、その際宮里の指示を仰いで接見の日時を定め、これを被控訴人に告知することができたのに、これをしなかつた、(2)浜口に弁護人選任の意思あることを被控訴人に伝え、被控訴人が直ちに接見することを申し入れた際、被控訴人に対し接見指定をすることを告げ、それまでの間暫時の猶予を求めることができたのに(もしそうしておれば、接見指定に必要な合理的時間内は接見を許さなくても違法でないことは、引用の原判決が指摘するとおりである。)、それをしなかつた、(3)その後も、宮里を電話口に呼出し受話器を被控訴人に差出した場合を含め、四回にわたり捜査本部と電話連絡しているのに、接見の日時につき捜査主任官の指示を仰いだことは一度もなかつた(このことは当審証人友田の証言により認められる。)。以上の事実によれば、友田には接見指定の手続をとる意思が全くなかつたものというほかなく、指定のための合理的時間につき考慮するまでもなく、接見を拒んだ友田の態度が違法であることは、右説示に照らし明白である。控訴人は、被控訴人が事前協議に応じなかつたことを以て指定なくして接見を拒み得る根拠とするが、前認定によれば、本件の場合が、控訴人主張の事前協議(弁護人を待たせたり、出直して来てもらつたりすることをなくし、更に弁護人の都合のつかない時間を指定することにより接見自体を困難或いは不可能にすることを避けるための協議)を必要としない場合であることは明らかである。控訴人の主張は採用できない。
二被控訴人の予備的請求に対する判断
被控訴人の主位的請求は、警察官友田が被控訴人の弁護人としての接見交通権を侵害したことによる金二〇万円の慰藉料請求であり、被控訴人の予備的請求は、警察官友田が被控訴人を侮辱して被控訴人の名誉を毀損し、被控訴人に対し暴行を加えて負傷させたことによる金二〇万円の慰藉料請求である。右両請求は、論理的に両立しうる請求であり、かつ、別個の目的を有する請求である(被控訴人は論理的に同請求合計金四〇万円の給付を受けうる)。
(一) 甲請求と乙請求とが、両立しうる請求であり、かつ、別個の目的を有する請求である場合、一個の訴で、甲請求を主位的請求とし、乙請求を予備的請求(甲請求の認容を解除条件とする請求)とする請求の予備的併合をすることは許されないと解すべきである。けだし、右の場合、条件付訴である請求の予備的併合を許す合理的理由がなく、請求の単純併合のみが許されると解するのが相当であるからである。
(二) 甲請求と乙請求とが、両立しうる請求であり、かつ、別個の目的を有する請求である場合、一個の訴で、甲請求を主位的請求とし、乙請求を予備的請求(甲請求の認容を解除条件とする請求)とする請求の予備的併合をしたとき、乙請求につき訴を却下すべきである。けだし、右の場合、請求の予備的併合は許されず、請求の単純併合のみが許されると解すべきであるが、当事者がした請求の予備的併合を請求の単純併合と解釈することはできず、乙請求は条件付訴として不適法であるからである。
右の法理により被控訴人の予備的請求は訴却下を免れない。
三よつて、被控訴人の主位的請求は控訴人に対し金一〇万円の支払を求める限度でこれを認容し、その余の主位的請求を棄却し、被控訴人の予備的請求につき訴を却下すべきであり、これと一部異なる原判決を変更し、民訴法九六条九二条一九六条を適用し主文のとおり判決する。
(小西勝 入江教夫 大久保敏雄)